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1962年、東京モーターショーの衝撃

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ホンダ スポーツ360、というクルマをご存知だろうか? 1962年秋、晴海の国際貿易センターを舞台に開かれた東京モーターショー、当時の正式名で第9回全日本自動車ショウに、モーターサイクルの分野ではすでに世界一になっていたホンダが生み出した初の四輪車としてプロトタイプが展示されたのが、当時の軽自動車規格で仕立てられた「スポーツ360」と、その5ナンバー仕様たる「スポーツ500」だった。1962年といえば、日本が経済成長の真っただ中にあったとはいえ、一般のサラリーマン家庭がクルマを所有するにはまだ数年を待たねばならない時代だったが、そんなときに最初の四輪車として生み出したのがスポーツカーだった、というのがいかにもホンダらしい。その根底に、日本のマーケットのニーズを考えるだけでなく、世界に通用し、自動車先進国にも輸出できる製品を生み出さないと意味がないと考えた創始者・本田宗一郎の、スケールの大きい発想があったからだと思われる。100万人を超えたというその年のショー入場者。そこにはすでに発売されていた日産フェアレディ1500に加えて、トヨタから後のスポーツ800のプロトタイプとなるパブリカ・スポーツが出品されるなど、日本の自動車メーカーがスポーツカーへの関心を一気に深めていきつつある、クルマ好きにとってはすこぶる面白い時期だった。そんななかにあって、ホンダブースのむせ返るような人だかりのなかで必死に目に焼きつけたスポーツ360とスポーツ500は、まさに光り輝くような魅力を放っていたのを今も鮮明に覚えている。なぜならそれらの小さなオープン2シーターは、当時のエンスージアストの夢をまさしく具体化したかのようなスペックとスタイリングを持っていたからだ。


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